無理でも無茶でもとにかく「やってみよう!」図面だけで30回のやりとりをした下島さんのお家。
- 福井県三方上中郡若狭町:2階建木造住宅
木創のオフィスから車で揺られること10分。神社や田んぼがある緑豊かな集落に、大きいながらも風景としっくり馴染むお家が見えてきます。
今回ご紹介する下島邸は、図面でも現場でも何度もやりとりをしたこだわりのお家。木創の辻代表と地元ライターである僕の2人でお邪魔して、考えに考えぬいた当時の状況を振り返っていただきました!
家族のこれからを考えて、間取りにはこだわる!
「これ賄賂ちゃうよなー?」「違いますよ!」
辻代表から差し出された菓子折りを冗談を交えながら「おーきに!」と笑顔で受け取るのが、下島邸の主である下島さんです。短い髪の毛に趣味である筋トレで鍛えたというガッシリとした体型、いかにもみんなの頼れる兄貴分といった感じです。
下島さんはこの集落で生まれ育ち、地元の鉄筋メーカーに就職されて、今までずっとそちらで勤務されています。

長年鉄筋メーカーに勤務されていた下島さんの建築への知識は相当なものです。一家の主としてはもちろん、建築のプロフェッショナルとして、家には様々なこだわりがありました。最初は今の家に増築をする予定だったのですが、こだわりを全て実現することが難しく、また増築では構造上の欠陥を生んでしまうこともあり、思い切って新築に踏み切りました。
こだわりのお家の実現は、木創と何度も図面をやりとりするところから始まりました。
「まず図面を俺が書いて、スマホで辻くんに写真を送って。」
「それをもとに僕が図面を引いて、また下島さんに送って。」
「このやり取り何回くらいしたっけ?」
「30回は超えてますよね」
「超えてる!超えてる!」
例えば子供部屋。下島さんには2人の娘さんがいらっしゃいますが、2人の子供部屋はリビングを通り抜け、さらに下島さんの自室の前を通り抜けた家の一番奥にあります。
「今は小さいけど、年頃になったら面と向かってのコミュニケーションはやっぱり少なくなってしまうと思って。生存確認的な意味もこめて、帰ってきた時に分かるようにしておきたいなって。」
今は下島さんの周りを無邪気に走り回っている娘さんたちですが、お父さんの目には成長していくこれからの姿が見えているのですね。

「父親も早くに亡くなって、それから祖母の介護も経験したからね。」
そんな経験も間取りに反映されています。ご家族にはご高齢で車椅子を使われていた方もいらっしゃいました。そのためスロープの設置や、部屋を玄関側に設置するなどバリアフリーをしっかりと意識したデザインとなっています。

そして、地域の慣習として忘れてはならないのが冠婚葬祭です。
「僕は朝起きたらまず新聞のお悔やみ欄に目を通します。それくらい田舎にとってお葬式というのは重要なものですから。」
田舎に縁のある方ならご存知の通り、お葬式だけではなく、冠婚葬祭などで自宅に大勢のお客様を招く機会は度々あります。その時には座敷と仏間など、建具で区切ったり、建具を引き払って大きく一間にしたりと、フレキシブルに使える部屋が必要となります。普段の暮らしにはあまり使わない間取りですが、とても大切な部屋です。
下島さんはその部屋を和室らしく、でもご自分らしいデザインにこだわり、建具なども特注して仕上げました。


建築のプロとして、構造にもこだわる!
壁の中の構造部分を重要視したことも、下島邸の特徴です。今やリフォームやリノベーションは簡単にできる時代ですが、「壁の中の断熱や柱はそうそう代えられない。だからこそこだわる。」と下島さん。さすが建築のプロです。
構造にこだわる理由は地域ならではの気候もあります。とりわけ必要なのが断熱対策。下島さんの住む地域は冬になると雪がたくさん降る寒冷地ですから、断熱材選びは重要です。
家を覆う印象的なストライプにも秘密があります。2種類の材を使うことで空気の導線ができて保温性が高くなります。そのため下島邸の断熱性能はとても高く、冬でも暖房がいらない日があるそうです。
間取りや断熱以外にもここでは書ききれないくらいのたくさんのこだわりが下島邸には詰まっています。


大工に頼む安心感。3つの理由
家づくりに大変こだわりのある下島さんが地元の大工さん(=木創)に新築を依頼したいと思ったのは何故でしょうか?そこには3つの理由がありました。
1つ目がメンテナンスが心強いからです。どんな住宅でもメンテナンスは必要不可欠ですが、家を建てた大工さんに頼むのが最も良いようです。「家って絶対に触ったらあかんところもあるんですよ。建ててくれた人が一番それを知ってる。だから安心なんです。」大工さんとの付き合いは建てて終わりではありませ ん。むしろ建ててからが長いお付き合いの始まりです。
2つ目が地元の大工さんだと土地柄にあった建築の知識や技術をよく知っているからです。地元の地域の気候、風土、慣習を熟知しているからこそ、断熱などの対策を最適に行うことができます。家を建てるには、大工だけではなく土木・左官・電気など専門の職人さんがたくさん必要ですが、その職人さん1人1人がこの土地でずっと仕事をしてきた人たちだと、安心して任せられます。
3つ目が途中でも変更がきく柔軟性があるからです。30回以上のやり取りで練りに練られた図面でしたが、建築が進み立体化していく中で「もっとこうしたい」という想いが下島さんの中で出てきたそうです。現場に強い大工さんなら、その段階のアイディアも工夫して実現できます。
「設計図で決めた通りにしか作れません」ではなく「現場でやってみましょう!」という回答は施主さんには嬉しいものですね。
結果としてプロである下島さんも満足できるお家が完成しました。

こだわりの数だけ、家族への想いがある
「無理かもしれないと思ったことでも、辻さんはできないと言わずにまず一回うけとめてくれる。だからなんでも言えるんです。」と褒める下島さんに、辻代表は照れ笑い。
「難しいことも多くてプレッシャーでもあるんですが、それが結果的に楽しさにもつながっているので。自分がそういうのが好きなんだと思います(笑)。」
たくさんのこだわりがつまった下島邸。そのこだわりの1つ1つの中に家族を大事にしたいという下島さんの優しい想いがつまっています。そんな優しさでいっぱいのお家、そこに住む人は「ただいま」を言う度に安心感で満たされるのではないでしょうか。そんな想像をして心があたたかくなる帰りの車中でした。


- 文=菅原翔一
- 撮影=オザキマサキ